炭酸水No.1ブランド「ウィルキンソン」、実は日本生まれで“タンサン”の起源
〈100年超の歴史を持つ、日本生まれの純国産ブランド〉
アサヒ飲料の「ウィルキンソン」は、清涼飲料で現在最も売り上げが伸長しているといわれる炭酸水カテゴリーのトップブランドだ。だが、「ウィルキンソン」が日本生まれの飲みものであることなど、 ブランドの全貌はあまり知られていない。「ウィルキンソン」の歴史は、今から130年以上前の1889年に、イギリス人が兵庫県宝塚の山中で趣味の狩猟中に炭酸鉱泉を発見したことから始まる。そのイギリス人の名は、ジョン・クリフォード・ウィルキンソンという。
ウィルキンソン氏は、20代から兵庫県神戸に住むようになり、37歳の時に宝塚で鉱泉を発見した。同氏は、その湧出水の成分分析を英国ロンドンで行い、世界の名鉱泉と肩を並べる良質なものであるという結果を得たことにより、ミネラルウォーターとして販売することが有望だと考えた。明治時代の日本では、海外からのゲストをもてなすための良質なテーブルウォーターが求められていたためだ。
ウィルキンソン氏は、1890年にさっそくイギリスから製造設備を取り寄せ、その良質な炭酸水を「TAKARADZUKA MINERAL WATER」として発売、その後「TAKARADZUKA MEDICINAL WATER」、後の「NIWO」(「仁王水」「仁王印ウォーター」)を発売した。
“胃腸を仁王のごとく強くする”――、そんな想いで名付けられたという。トレードマークのモデルは金剛力士像だが、顔のモデルはウィルキンソン氏だという。
1892年頃には、「TANSAN HOTEL」を開業している。ウィルキンソン氏は海外や国内の顧客や代理店を工場見学に積極的に誘致し、工場の環境やミネラルウォーターとしての品質、管理状況などの優秀性をアピールしていたが、その宿泊や接待を目的として、当時数少なかった洋式のホテルを宝塚の鉱泉の近くに建設した。ホテルは英文の観光ガイドでも案内され、宝塚への外国人旅行客が増加したきっかけにもなったという。そして、1901年には、日本で初めて「王冠」を使用した(国内販売の清涼飲料水の中で日本初)。
〈1904年に「ウヰルキンソン・タンサン」が誕生、レストランやバーなどで高い評価〉
そして、1904年にいよいよ「ウヰルキンソン・タンサン」が誕生した。現在の「ウィルキンソン」ブランドのスタートである。また、事業が軌道に乗るとともに湧水量の不足により工場を兵庫県有馬郡塩瀬村(現:西宮市塩瀬町)生瀬に工場を移転している。「ウヰルキンソン・タンサン」は一流ホテルに常備される高級品として普及していった。その後、国内で市販する量はまだ少なかったが、各国の博覧会への出品で受賞し世界で認められるブランドになり、のちに米国、カナダ、フィリピン、シンガポールなど、27カ国へ輸出を行った。
なお、発泡性の炭酸水は、海外では“ソーダ”と呼ばれているが、現在の日本では炭酸飲料のことを一般に“タンサン”と呼ぶ。これはウィルキンソン氏が自社商品に“タンサン”と名付けたことが起源であり、当時はウィルキンソンの商標だった。
「ウヰルキンソン・タンサン」は、品質の高さが認められ大正天皇にも献上した。また、味付きの商品も製造するようになり、タンサンのほかジンジャエール、トニックなどに味わいを広げた。
戦後となり、1966年にはグリーンの瓶容器で「ウヰルキンソン」のジンジャエール、ドライジンジャーエール、レモネード、トニックを発売した。この瓶容器は飲食店で愛用され、割り材として多くのバーで現在に至るまで使われている。これは、日本のバーの創成期に、炭酸水を使用するドリンクで「ウヰルキンソン・タンサン」が使われたため、そのレシピを忠実に守る意図もあり、現在でも同ブランドが選ばれているという。
ウィルキンソンの楕円ロゴ、グリーン瓶の形状、三角形のフレーバーロゴは、フランス出身の世界的デザイナー「レイモンド・ローウィー氏」によるデザインである。なお、後に「グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」を受賞している(2015年)。
1979年には、日本で初めて開催された東京サミット(先進国首脳会議)のテーブルウォーターに選ばれ、世界のVIPの喉を潤した。
1983年には、朝日麦酒(現在のアサヒビール)が「ウヰルキンソン」商標権を取得。
1989年には、「ウヰルキンソン」のロゴを「ウィルキンソン」に変更。同時に、「ジンジャーエール」を「ジンジャエール」に統一した。
〈「ウィルキンソン タンサン」ペットボトル発売、直接飲用の文化を広げ炭酸水市場を活性化〉
ブランドにとって大きな変革となったのは、2011年の「ウィルキンソン タンサン」のペットボトル(500mlPET)での販売を開始したことだ。炭酸水をストレートに飲むというスタイルの提案で市場に定着し、「ウィルキンソン」の販売が大幅に伸長。大躍進を遂げた。これをきっかけに炭酸水市場は、新たなステージに入ったのは間違いない。
成功の要因は、「ウィルキンソン」ブランドが、“炭酸水=お酒の割り材”のイメージが定着していた日本で、直接炭酸水を飲むという新スタイルの楽しみ方を広めたことが大きい。また、強炭酸がもたらす強い刺激の特徴によりリピートユーザーが続出した。そして、100年を超える伝統があり、プロのバーテンダー御用達でそのままでもおいしく、割ってもおいしい品質の高さも支持された。飲料の特に“水カテゴリー”の売り場で目立つように赤のパッケージを採用し、店頭での存在感を醸成したことも後押しとなり、「ウィルキンソン」は、「刺激、強め。」の“赤”の炭酸水として、直接飲用の需要を急激に拡大していった。
ブランド広告は、ペットボトル商品を発売して以来、「最高の刺激をくれる本格炭酸水」をテーマに、炭酸水ナンバーワンブランドとして、独自の世界観で強炭酸の刺激の強さを訴え続けている。
2018年からは容器をリニューアル。パッケージに氷を砕いたようなデザインを採用し、刺激の強さや炭酸の爽快感を想起させるものにしている。また、機能性表示食品の「ウィルキンソン タンサン エクストラ」を投入。2019年には「ウィルキンソン タンサン レモン」で炭酸をさらに強めた。キレのあるレモンの香りが、特に女性から好評を得ている。
「ウィルキンソン」は、2008年から12年連続で伸長を続け、2019年も「ウィルキンソン」ブランドは、前年比121%の2694万箱となり、過去最高の販売数量を更新した。現在は、「タンサン」、「タンサン レモン」のパッケージに炭酸水市場売上No.1であることを明記し、信頼と品質を伝えることでブランド価値の強化と新規ユーザーの拡大を図っている。
誕生から115年が過ぎ、「ウィルキンソン」はこれからどのような価値を生活者に提供してくれるのか。アサヒ飲料は現在、炭酸水が体や心に及ぼす様々な影響についての研究活動を強化している。炭酸水の付加価値向上と直接飲用文化のさらなる普及を推進する考えだ。
「ウィルキンソン」は、115年以上前に誕生して“タンサン”の言葉を生み出し、約100年前から国内外の博覧会で展示ブースを出展して“タンサン”の価値を発信し続けている。そして、約50年前からグリーンの瓶の導入により、レストランやバーなど業務用市場で圧倒的な支持を得るようになり、約10年前のペットボトル商品の展開により、炭酸水の直接飲用の文化を日本に広めてきた。
明治、大正、昭和、平成、令和という5つの時代を通じて、「ウィルキンソン」ブランドが日本の飲用文化で果たした役割は大きい。令和時代は、新型コロナウイルスの感染拡大により、家で長い時間を過ごす人々が増え、食品や飲料は家庭内需要が増えている。その中で炭酸水の「ウィルキンソン」ブランドは、ストレスの多い日常を過ごす人々にとって、解放感や爽快感を得られる飲料として、引き続き売り上げを伸ばしている。この日本生まれの100年超のロングセラーブランドは、現代人にとってなくてはならない存在となり、現在も成長を続けている。
出典:食品産業新聞社
https://www.ssnp.co.jp/news/beverage/2020/11/2020-1102-1446-16.html