フランスで「日本マンガの人気」再沸騰している訳
若者向け文化補助金の使い道として圧倒的人気
フランスは今や、日本に次ぐ世界2位の漫画市場。そのフランスで日本の漫画やアニメーションの人気が再沸騰している。ドイツの調査会社GFKの調べによると、1~8月のマンガ売り上げは約2900万部と前年同期間比で2倍に膨らんだ。
フランス語で漫画は通常、「バンド・デシネ(bande dessinée、略称BD)」と呼ぶ。これに対して、日本の漫画は「マンガ(manga)」。「マンガ」はフランス語として浸透している。コロナ禍以前はアニメの原画などを買い求めて東京・秋葉原の店を訪れるフランス人も珍しくなかった。
2021年に入ってマンガ・アニメ熱が一段と高まっているのはコロナ禍のロックダウンに伴い、自宅でマンガやアニメに熱中する若者が増えたことに加え、同国のマクロン大統領が公約に掲げていた「カルチャーパス」の導入に後押しされた面が大きい。
◆18歳に約4万円支給
「カルチャーパス」はスマートフォン、タブレット、パソコンの専用アプリをダウンロードすると300ユーロ(約4万円)を使える仕組みで、18歳の若者を対象に5月から交付を始めた。2年間にわたって書籍の購入、美術館や映画のチケット予約、ダンスのレッスン受講などさまざまな文化活動や関連商品、サービスへの支出に充当することできる。
2022年1月からは年少の若者にも拡大され、コレージュ(中学校相当)の後半2年間とリセ(高校相当)3年間の計5年間で200ユーロ(約2万6000円)が交付される見込みだ。「文化の国」フランスらしい施策といえるだろう。
「臨時ボーナス」はほとんどがマンガの購入に費やされている。地元メディアによれば、交付開始から3週間で利用全体の84%が約70万冊の書籍購入に充てられ、そのうち71%をマンガが占めたという。売れ筋のタイトルには『鬼滅の刃』『ワンピース』『呪術廻戦』など、日本でもおなじみの作品がズラリと並ぶ。
同国のマンガ新作の値段は平均で1冊あたり7ユーロ程度とされる。300ユーロが手に入れば、シリーズ全巻のコレクションをそろえることも可能。SNS上には歓迎のコメントが飛び交った。
中には『僕のヒーローアカデミア』のマンガ本を高く積み上げた写真を貼り付け、「カルチャーパス万歳」とツイートする若者もいた。地元メディアは「カルチャーパスがマンガパスと化した」(フリーペーパーの『ヴァンミニュット』電子版)と皮肉交じりで伝えた。
「カルチャーパス効果」でマンガの売り上げが急増。ゲーム制作などを手掛ける同国のミクロイド社のステファン・ロンジャール最高経営責任者(CEO)は「日本のマンガがフランスのBD市場全体のほぼ半分のシェアに達した」と指摘する。
◆「第一次」日本アニメブームは70年代
フランスでのアニメ・マンガブームの火付け役となったのが、「UFOロボ グレンダイザー」である。1975年から日本で放映された同作品は地球を守るロボットの戦いを描いたもので、1978年に上陸したフランスでも人気が沸騰。『ゴルドラック』というタイトルで放映され、多くの子どもたちを引き付けた。
『ゴルドラック』人気はやがて、『キャンディ・キャンディ』『美少女戦士セーラームーン』など他のアニメ作品にも飛び火。1993年の『ドラゴンボール』出版から始まったマンガブームの基礎も作った。
「自分は『ゴルドラック』、妹は『キャンディ・キャンディ』を見て育った」と話すのは、日韓両国のカルチャーに詳しい仏『ル・モンド』紙のフィリップ・メスメール記者だ。「他の欧州の国々よりも早く放映が始まったのが、日本のアニメやマンガがフランスに定着した一因」(メスメール氏)という。
作品の醸し出す世界観はフランスの視聴者や読者を魅了した。「登場するヒーローに自らの姿を重ね合わせるなどして没入するのが容易」(同氏)。手を十字に交差させて『ウルトラマン』の必殺技、スペシウム光線を放つポーズを真似していた日本の子どもたちの姿を彷彿させる。
ストーリーの多様性や絵の繊細さなども支持される理由の一つだ。「日常生活や家族との関係で青少年の抱く疑問や葛藤などが盛り込まれるなど、ストーリーに深みや豊かさがある」(ミクロイド社のイヴ・ブレオー上級副社長)。
フランスでは従来、アニメや漫画は子ども向けのものと考えられていただけに、大人にも広く愛される日本のアニメやマンガのストーリーは新鮮だったに違いない。今では幼少期からアニメに慣れ親しんだ親の世代から子どもまで幅広い層に受け入れられている。
マンガ市場の拡大に伴い、日本製アニメ人気もさらに高まっている。日本アニメを中心に配信するアニメ・デジタル・ネットワーク(ADN)、ネットフリックスなどの動画ストリーミングサービスも新たな需要を掘り起こすのに一役買っているようだ。
日本の文化などを紹介しようとパリで開かれているイベント「ジャパンエキスポ」の会場は、忍者アニメ『NARUTO』などのコスプレを身に纏う多くの若者であふれる。フランスの企業も商機を逃す手はない。日本のコンテンツのライセンス取得などを虎視眈々と狙う。「彼らはマーケットの商習慣を熟知している」と日本のアニメ業界の関係者は指摘する。
ミクロイド社も2019年、日本に代表事務所を立ち上げた。今年2月には『グレンダイザー』の原作者、永井豪氏のアニメ企画・版権管理会社と同作品をモチーフにしたパソコンや専用機向けのゲームを開発することで合意。ロンジャールCEOは「フランスやイタリアでの『ゴルドラック』のブランド力は非常に強い」と話す。
同社は2023年をメドにゲームを販売する予定。同時に、グループ会社を通じてフィギュアなども投入する計画だ。
◆マンガの「政治利用」の声もあるが…
7月に東京五輪の開会式出席のため、日本を訪れたマクロン大統領はマンガ『AKIRA』の作者の大友克洋氏、マンガ『FAIRY TAIL』作者の真島ヒロ氏、ゲームシリーズ『DARK SOULS』のクリエーターの宮崎英高氏といった日本の著名な漫画家やゲームのクリエーターと懇談。『ワンピース』の作者、尾田栄一郎氏からの直筆メッセージ入りの原画をプレゼントとして受け取ったことと併せ、ツイッターで報告した。
大統領は「カルチャーパスの成功は文化が私たちを一つにすることを証明している」などとツイート。「来年の大統領選に向けて若年層の支持を集めるための政治的な思惑が見え隠れする」(フランスの企業経営者)との指摘もあるが、その真意はともかく、クールジャパンの先兵ともいうべきアニメやマンガがフランスの多くの若者を虜にしている証左であることに疑いはなさそうだ。
出典:東洋経済
https://toyokeizai.net/articles/-/460243?page=2