食と農のグリーンツーリズム事業、インバウンドに狙いを定め展開

インバウンドが増える中、2016年3月に農林中央金庫、ABC Cooking Studio、リクルートライフスタイル、農協観光の4社が、食と農をテーマにしたグリーンツーリズム事業の包括的パートナーシップ協定を結んだ。4社はその後4月、7月と2回のモニターツアーを実施、課題や方向性も見えてきた。提携の取りまとめ役となる農林中央金庫 山田秀顕常務理事に事業の現状と今後について語ってもらった。

―まずは事業の概要について教えてください。

4社が協力して、食と農をテーマとしたグリーンツーリズムのツアーを展開していきます。地方での農業体験、田舎暮らし、収穫した野菜を使った料理教室などの体験を盛り込んだものです。基本的には海外からの観光客を意識したもので、いずれは国内の旅行客もターゲットにしていきます。この事業を通じて、最終的には、日本食の魅力発信による農産物の輸出拡大と、旅行客(地域の交流人口)の増加による地域活性化を目指しています。

農林中金では、今、農業所得増大と地域活性化の2つの取り組みを進めています。これは金融機関単独でできることではありません。取引先の皆さんとネットワークを作りながら何ができるかをずっと考えてきた中で、インバウンドの増加とグリーンツーリズムに対する期待感が高いという状況を受けて、これをテーマに積極的な方々をコーディネートしていくことを思い立ったわけです。

各地で計10回のモニターツアーを実施

――企画するツアーはどのような内容ですか?

試験的なモニターツアーを実施し、企画のレベルを上げ国内外のパートナーも広げながらプロトタイプのツアーにしていき、実際の本格的なツアーにつなげます。モニターツアーは4月に京都・和歌山・奈良を巡る3泊4日で第1弾を実施。7月には第2弾として千葉・神奈川・東京を巡る3泊5日のツアーを行いました。第1弾は香港から、第2弾はシンガポールからの訪日客で、いずれも10人前後の規模です。

当面はABC Cooking Studioさんの教室がある中国、台湾、香港、シンガポール、タイなど、アジア圏から集客をしていきます。日本の農林水産物の主な輸出先として上位にある地域がメーンです。ツアー参加者は主に若い女性で、SNSやブログなどで情報発信力のある方々を選びました。直売所の訪問や料理教室、収穫体験や加工体験、さらに地域交流の体験などをしていただきました。

モニターツアーは、この2回を含めて2016年からの3年で7カ所のモデル地域で計10回程度、実施予定です。モデル地域は、北海道から九州までの各地で、2~3県にまたがる地域を考えています。大震災の被災地である東北と、熊本は意識しています。

名所や景勝地は必ずしも魅力的ではない

――ツアーの目的地はどのように選ぶのでしょうか。また、なぜ複数県をまたぐ形で選んでいるのでしょうか。

今回のモニターツアーで重視したのは、一般的な観光ツアーとしてよりも、食農グリーンツーリズムとして魅力的なところです。例えば歴史上有名な場所や建物や景勝地でも、食農グリーンツーリズムとしては必ずしも魅力になりません。モニターツアーでも、一般的な観光ツアーの対象にはなりにくいような直売所や料理教室などの体験を重視しました。

また、インバウンドを考えると一つの県だけにずっと滞在するのはあまり現実的ではありません。特定の県ではなく2~3県回るというプログラムにしていくのが適切かなと思います。発信力があってエッジの利いた場所やモノでないとバリューになりにくいので、2~3県のエリアの中である程度絞り込んでツアーを組み立てていく作業が必要です。

日本への憧れをブランド価値につなげる

――参加者の反応はいかがですか?

今回分かったのは、日本のものづくりや歴史、風土に対して、ものすごく純粋な憧れがあるということです。そのうえで日本の農林水産物と、それを生かした日本食、農林水産業の現場、それを売る直売所、お料理教室、さらに加工食品にまで魅力を感じてくれています。

――農協観光はもともと農業・農村体験のプログラムを持っていますが、今回のインバウンド・モニターツアーではどのようなことを意識しましたか。

農村、漁村という農林水産の現場だけではなく、それを加工する第2次産業、第3次産業の現場が、インバウンドのツアーでは価値のあるものだということが今回の大きな気づきでした。素材の良さもありますが、生産や加工の現場やパッケージの良さまで含めて見てもらうことで、さらにブランド価値が高まります。

例えば、体験の核となっているお料理教室は、ある意味1.5次までを体験できる現場です。缶詰の加工体験もしたのですが、これは第2次産業的な体験になります。さらに、ミニマルシェの売り場の陳列や飾り付けの工夫のようなもの、こちらは第3次産業なものです。売り場をおしゃれに飾り付けるような演出も含めて、日本のブランドイメージを彼女たちは感じているようでした。

これに、日本の人たちとの交流や文化的な違いを味わうことでさらに魅力が増してくる。第1弾のモニターツアーのお料理教室では、ABC Cooking Studioの海外の生徒さんと日本の生徒さん、スタッフが共同で料理をして、一緒に食べて交流を深める機会を設けています。これもすごく評判よかったんです。

日本の食の安全についても、それを売りにしていくことはすごく意識しており、ツアーの農業体験、農村体験でもその点については考えています。

――モニターツアーを通じて何か見えてきたものがありますか。

ツアーの参加者からアンケートを取りました。接客やジャム作りなどの体験は高い評価でした。直売所も、一般ツアーでは行くことがあまりない場所なので好評でした。

一方、「外国語表記の看板がない」「外国語を話せるスタッフがいない」といった、受け入れ側の多言語対応についての指摘を受けました。これを踏まえて、今後は言語表記の多言語化のほか、スタッフや通訳についても体制を拡充しないといけないと思っています。さらに、受け入れ側の設備や体制が既に整った直売所や料理教室を探しながら、地域の自治体に設備・体制の拡充をお願いしていく考えです。

企画内容については、訪問する土地に合った特色のある体験メニューをさらに拡充していく必要があります。参加者からは手作り体験がもっとほしいという声がありました。また、モニターツアーに参加した人は非常に発信力のあるブロガーなので、写真撮影の時間がもっとほしいという要望もありました。

こうしたことを進めながら持続可能なツアーに育てていく予定です。並行して地域ブランドを育てていくことも大切です。そのためには、例えばお土産品の開発や、そのパッケージの工夫、あるいは情報発信するためのパンフレット類などの整備も必要になってきます。

――ツアー参加者が自国に帰ってから購買する仕組みについてはどのようにお考えですか?

帰国後の特産品のお取り寄せまで持って行かないと農産物の輸出にはつながりません。香港やシンガポールなどアジアでの販売網も整備していく必要があります。実は私どもの農林水産物の輸出の取り組みの中で現地の販売・流通のネットワークを作ることは大きなテーマでもあります。

まだこれからのことになりますが、海外の場合は現地のスーパーマーケットなどで日本から輸出している生鮮食料品や加工品を買っていただく仕組みを作ることが必要になります。現地のスーパーで販売されるように物品のブランド価値を上げ、パッケージなども工夫していかなくてはなりません。

自治体との密なコミュニケーションは不可欠

――今後、行政や地域との連携はどのようにされていきますか?

当然、行政との連携は欠かせません。県と市町村には、既にツアープログラムを手がけていたり農林水産物の販路拡大に取り組んだりしている部署がありますので、そうしたところと連携していければと思っています。また、リクルートライフスタイルさんは、「じゃらん」という大変強力な旅行ポータルサイトを運営し、かつ、いろいろな自治体や事業者とネットワークを組んでいらっしゃるので、地域との連携について役割を発揮していただけると期待しています。

――4社と自治体の見ている方向が一致しないとうまく行かないのでは?

そうですね。4社の目指す姿を押しつけるのではなくて、しっかりとその土地に合った良いものを引き出さなくてはいけません。そのためにもコミュニケーションが大事です。このときに農林中金は日頃地域のお客様や行政と、農林水産業の専門金融機関という性格から密接に連携しています。手前味噌にはなりますが、トータルコーディネーターとしてお役に立てるのではないかと思っております。

もちろん行政だけではなく民間事業者とも協力をしていきます。地域で重要なインフラを担っている私どもの取引先の施設などもツアーの対象にしていくことも考えられます。また、私どもは資金提供や事業化のコンサル面ではノウハウを持っていますが、直売所の売り場をどうするかといったノウハウはありません。そこは金融機関の限界でして、今回の4社の連携を軸に、さらに外縁を拡大していく必要があります。例えば、売り場に特色のあるスーパーや、料理やレシピにこだわったり特産物を生かした料理を作ったりする飲食店や中食関係などのネットワークを広げていき、不足を補っていただけるパートナーを増やしていきたいと思っています。

出典:新・公民連携最前線

http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/tk/15/434148/082200026/?P=1