五輪控える東京のタクシーに外国人ドライバー急増中
2020年、おもてなしの心を込めた外国人ドライバーが五輪の街を走る! 政府が訪日外国人4000万人の目標を掲げる五輪イヤーに向け、東京都内のタクシー業界にも「国際化」の波が押し寄せている。世界中からやってくる観光客に対応すべく、各社とも多言語を操る外国人ドライバーが急増中で、日本人運転手でも英語を駆使する「バイリンガルドライバー」の育成が進む。JRや地下鉄など公共交通機関も、AI案内ロボットなどが続々と登場。あと1年あまりに迫った本番へ、観戦客のお出迎え準備は整いつつある。
昼下がり、ハンドルを握るフランス人のマルシアル・ミーエさん(47)の笑顔がフロントガラス越しに映る。手を上げてタクシーを止めた客の声は聞こえないが、「口の動きで『ガイジンサン?』と言っているのが分かりますね(笑い)」。日本人客の反応は、ほぼ同じだ。「道、大丈夫ですか?」。ミーエさんは流ちょうな日本語と笑顔で即答する。「もちろん、大丈夫でございます。どちらまでご乗車でしょうか?」。
第2次大戦中に連合軍が上陸したことで知られる町、ノルマンディーで生まれ育った。地元の高校卒業後にホテルのフロントマンとして勤務し、2005年(平17)に観光のため初来日した。約1年の滞在中、山形県出身の日本人女性と知り合い、結婚。3男をもうけた。今でも時折、「なんだっぺなぁ」と山形弁が飛び出し、乗客が大ウケする場面も。
タクシー運転手となったのは、東京移住がきっかけだった。「四ツ星ホテルに勤務した時は送迎係も経験しました。東京ではもうすぐオリンピックもあって、海外からのお客さんがたくさん来る。自分に向いている」。ホテルマン時代に培ったおもてなしは、“本場”日本でも発揮できると思った。
20年を見据え、外国人ドライバーを積極的に採用する業界大手・日の丸自動車(東京・文京区)に入社。約3カ月間の研修を受け、タクシー運転手に必要な営業運転免許(2種)と法令、地理の試験に日本語で臨んで見事、合格した。同社では約1400人いる運転手のうち、6月現在で20カ国35人の外国人ドライバーが乗務中。7月には40人になるといい、「五輪までに100人が目標」(大津一実・グローバル採用担当課長)。五輪・パラを機に、14人に1人が外国人ドライバーという“グローバル企業”を目指している。
ミーエさんの母国は左ハンドルで右側通行。その逆の日本では、当初は慣れないことも多かった。「山形で運転していた時には前から車がくるな、と思っていたら自分が逆走していた(笑い)。大丈夫。それ以来、ないですよ」。言葉通りの模範ドライバーだ。今年2月から世田谷区内の営業所配属となったが、無事故無違反。「マイペースが大事です」。一方通行の多い東京の複雑な道も「もう慣れました」という。
日本語に母国フランス語、英語に「スペイン語も少し」と4カ国語を操る。今は日本語以外を使うことは少ないが、「お客さまとのおしゃべりは本当に楽しい。最初は驚いたお客様から、知人のフランス人客を紹介されたこともあります」。日本での転職で「天職を得た」とのだじゃれもお手のものだ。
待ちわびるのは、あと1年あまりとなった東京五輪。スポーツは見るのもするのも好きで「特にテニス。地元では全仏オープンはずっと見ていた。オリンピックではフランスと日本を応援しますよ」。一番のお気に入りは「牛丼」というミーエさん。日本人にも負けないおもてなし精神と安全運転で、海外観光客に東京の街をエスコートするつもりだ。
【みなさんに質問】(1)在日年数(2)職歴(3)動機(4)訪日外国人客へメッセージ
マンジュラ・アマラコーンさん(51=スリランカ)
(1)20年(2)来日後、雑貨店や運送会社勤務(3)トラックの運転経験、運転大好き(4)東京五輪を楽しんで。笑顔に会えることが楽しみです。
ウィチャイ・タムガームさん(39=タイ)
(1)15年(2)05年に来日、タイ料理店に勤務(3)車の運転が大好きだから(4)日本はすばらしいところです。喜んで運転させていただきます。
マルシアル・ミーエさん(47=フランス)
(1)14年(2)05年初来日。山形県内の工場など勤務(3)ホテルマン時代に送迎も。好きだから(4)東京を楽しい会話と安全第一で走ります。
ポール・リプソンさん(35=カナダ)
(1)12年(2)静岡県の高校で英語教師など(3)16年に永住権取得。運転が好き(4)日本は治安がいい。伝統的で現代的なところも楽しんで。
チェティズ・シュクルさん(35=トルコ)
(1)1年(2)母国で漢方製薬会社起業(3)旅行関係の仕事をしたくて(4)ぜひ、日本に来てください。私がハッピーな空間をお作りします。
■5人に1人が英語研修
日本人運転手も、業界を挙げて五輪モードに突入している。運転者の登録や乗務証の交付などを行う公益財団法人「東京タクシーセンター」によると、現在東京のタクシードライバーは法人、個人を含め約7万2000人。うち今年4月末時点で延べ1万4120人、5人に1人が同センターが実施している英語研修を受けた。
研修は初、中、上級の3段階で、英語で実際の応対を再現するロールプレーも取り入れ、それぞれ3時間。「来年の五輪までに研修修了者2万人。3人に1人が目標」(安田克己教務部長)という。研修修了者は「ホスピタリティータクシー」に認定され、羽田空港の国際線、国内線に設置された「おもてなしレーン(外国人旅客接遇研修修了者レーン)」に入ることができる。
上級修了者は「外国人旅客接遇英語検定」にチャレンジできる。これはTOEIC650点と同等レベルで、合格するとECD(ENGLISH CERTIFIED DRIVER=公認英語運転手)に認定。ECDは、JR東京駅八重洲口に昨年末に新設された専用レーンを使用できる。車体に目立つステッカーが貼ってあるため、外国人にも一目瞭然だ。今年3月までの合格者は292人という厳しさだが、来夏までに合格500人以上を目指している。
またセンターでは中国語認定研修も実施しており、5月時点で延べ113人が受講。昨年12月には東京都がタクシー向け「多言語対応タブレット」導入の助成をスタートさせるなど、英語圏以外からの訪日客への対応も進む。
■車いす乗車も3分の早業
東京五輪とタクシーは、深い関わりがある。前回の64年大会へ向け、トヨタが「エアードアー」の名称で60年から導入したのが、今では当たり前になったタクシーのオートドア機能だ。大会を機に、日本のおもてなしの1つとして一気に普及。今でも、この独特のサービスに驚く訪日観光客は少なくない。
さらに同社が20年大会に向けて進化させたのが、17年10月に導入されたタクシー専用車「ジャパンタクシー(JPN TAXI)」だ。全高1・75メートルのトールワゴンは大きな窓が特徴。車内は開放的で、高齢者、幼児連れ、車いす使用者など、人に優しい「おもてなしの心」が随所に継承、反映されている。
乗降する後席左側のドアは大開口の電動スライド式で、乗り込み時の高さは32センチの低床フラットフロア。着脱式の専用スロープ、折りたたみ式シートを備え、車いす利用者2人が乗ったまま乗降ができる設計になっている。
スロープ設置の所要時間は当初10分程度を想定していたが、作業に不慣れな運転手による「乗車拒否」が社会問題となり、今年3月に大幅改善された。トヨタ広報部によると、63工程あったスロープ設置の手順を24工程まで改良。「全工程を3分台に短縮しました。すでに販売した車両には対応部品を無償提供していく」という。また、スライドドアの開閉時間も初期型の6・5秒から5秒に短縮されている。
人だけでなく、後部荷室には大型スーツケース2つを並べて収容可能。登録台数は昨年末に1万台を超えた。20年大会を機に、あのレトロなフォルムが、日本のタクシーの新たな形として定着するかもしれない。
<オリパラ交通アラカルト>
◆渋滞対策 国や都などは、首都高速の料金を時間帯別に変動させるロードプライシングを検討中だ。開会式2日前の来年7月22日から閉会式の8月9日まで、午前6時~10時はマイカー料金に1000円上乗せ(物流、福祉車両除く)、逆に午前0時~4時は全車半額とする案などが浮上。競技場周辺の民間駐車場を予約制とするプランも。
◆鉄道も多言語化 京王電鉄が下北沢駅にAI案内ロボットを設置するほか、東急電鉄は約6割の車両で4カ国語を流す放送装置を導入。東武鉄道は来春までに全券売機を7カ国語に対応。都営地下鉄も8カ国語対応券売機を本番までに46台に増設予定で、全駅に翻訳タブレットも用意。大会中の終電は午前2時ごろまでの延長を検討。
◆AIロボ 大会期間中は、主要駅や競技場周辺などに多くの案内ボランティアが立つ予定だが、JR東日本では駅に人工知能(AI)を備えた案内ロボット設置を検討中。今年5月には東京駅構内で7カ国語に対応する「SEMMI」、人型ロボでおなじみの「PEPPER」を設置。AIの学習能力や乗客の反応などの実証テストを行った。
出典:日刊スポーツ
https://www.nikkansports.com/olympic/column/edition/news/201906190000407.html