どん底の「観光業」が復活するための3つのカギ ~来日できない外国人向けの宣伝も強化が必要~

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)で最もダメージを受けた産業は、観光業だろう。一本調子の訪日外国人増加や各地でのホテル増設など昨年来の好景気の報道が、あっという間にゼロに近い数字と相次ぐ倒産のニュースに変わってしまった。この6年以上インバウンド関係をずっと見てきた筆者も悲しい限りだ。

しかし、この暗い闇の先にはかならず光はある。有効なワクチンや治療薬の開発により、人・モノの移動が徐々に回復することは間違いないだろう。三菱総合研究所の「コロナ調査ノート」によると、日本国内でコロナ後に一番したいことは「旅行」であった。また、世界的にパブリックヘルス(公衆衛生)への関心も高まり、新型コロナに対応した形でのグローバルな連携や活動も増えていくと見られている。今回は、新型コロナ後のインバウンド復興のため、今から行うべき3つのポイントを述べていきたい。

◆プロモーション費の削減は正しいのか

マッキンゼー・アンド・カンパニーは2008年の世界金融危機を乗り越えて成長を遂げた企業を「レジリエント企業」と称し、これらの企業では負債や売上原価を中心とした徹底的なコスト削減に取り組んできたことを指摘している。

加えて、同社のシニアパートナーである小松原正浩氏は、危機後の成長が比較的速いレジリエント企業のもう1つの特徴も指摘している。それによると、これらの企業はプロモーション費用など本業を「売る」ためのコストをあまり削減していなかったということだ。

日本企業の場合、本業へのプロモーションは無駄遣いと思いがちで、景気が落ち込むと真っ先にカットしてしまう。その結果、最も重要な「売ること」への布石がなくなり、経済が回復した後の販売拡大に困ることになる。

マッキンゼーの分析は、観光業界にとっても見習う価値がある。日中両国の観光業界に詳しいRainbow Arcの湯怡婧(Hiromi Tang)氏は、「危機に遭って、すぐに発信をストップする自治体と日本企業があるが、もったいない。今こそ情報発信(プロモーション)をすべきだ」と言う。

海外旅行に行けないため、オンラインで観光地を楽しむ、いわゆる「クラウド旅行」のトレンドがしばらく続くことになりそうだが、その時期にこそ印象付けしておくことが重要だ。日本の風景、料理、百貨店の展示などの観光資源は「映え」がよいため、実はオンライン発信に向いている。

今、日本各地では、国内観光客に向けにクラウドバス旅行、クラウド座禅など、いろいろと試行錯誤しながらオンラインでの発信をしているが、訪日できない外国人観光客向けにも、もっと発信すべきだろう。

◆海外の現地法人も積極的に活用する

また日本にいる外国人の協力をもらいながら、(比較的に安価なコストで)今までできなかった地元視点の発信、日常生活のアピール、またはインタラクティブな交流を通じて、観光客のニーズを把握することも必要である。

こうした「売る」までの下準備をしておくと、共感づくりやファンの育成もできるうえ、越境ECや、コロナ後にインバウンドが再開した際に、外国人消費者のリベンジ消費にもつながると考えられる。

情報発信の一方で、彼らと接触できる「タッチポイント」を活用することも非常に重要だ。その有効なタッチポイントとは、海外にある日本企業の現地法人や提携企業である。

中国を例にすると、「日本旅行」への期待は、メディアでもよく取り上げるように、4、5年前からモノからコト(体験)へ移行した。コンサート、食事、花火大会、昭和喫茶や古本屋巡り、など中国人のニーズもさまざまだ。

新型コロナが流行するまで堅調に続いていた爆買いと、コト重視は矛盾するようにも見える。だが、実は両者は相互補完的であり、今や「モノ消費を通じたコト体験」を重視するステージに入っている。

帝国データバンクによると、2020年1月時点で中国に進出している日本企業数(全産業)は2019年よりも減少する一方、サービス業は前年より8.5%増加している。それは、中国で「お金を使うことで現地でも日本旅行の感覚を味わう」ことが求められるようになり、身近な日本を感じたいニーズが高まっていることが一因にある。ちなみに不動産業も10.5%増加したが、それも中国の若者の生活様式、好みが日本寄りになってきたからだと考えられる。

「モノ消費を通じたコト体験」のよい事例を紹介しよう。日本では知らない人がいないぐらい有名な日本酒銘柄「真澄」を有する長野県の宮坂醸造は、深圳で社内ベンチャーに近い形で真澄国際酒業(深圳)(Cella Masumi Shenzhen Limited)を設立した。

◆オンライン飲み会もフル活用

真澄国際酒業では、あまり知られていない日本酒の銘柄を輸入し、現地での展開に注力している。責任者である樊汝聡(ハンルソウ)氏に話を聞くと、日本酒を展開する際、単に売るだけでなく、「日本食のシーン」を提供することも重視しているそうだ。

真澄国際酒業では、日本酒の紹介イベントに参加したほか、深圳市にある日本料理店とのコラボにも積極的に注力しようとしている。季節、料理、会食の目的に合わせ、適切な日本酒を提案することにより、「食文化」「酒文化」そして「日本文化」を体験してもらい、日本酒の認知度向上、売上貢献につながることを目指している。

レストランやバーのオンライン飲み会もじわじわと増えている。例えば現地法人または協力会社の力を借り、名産品などを事前に送ってもらって、オンライン飲み会の際に、名産品といった「モノ」を通し、自社製品や観光魅力を説明することで、外国人に「コト」の体験を提供することも可能であろう。

中国国内の移動も徐々に自由になり、人々の外出も正常になりつつある。現地の店や行政関係のイベントなどを通して、オンラインとオフラインを融合した「シーン」のPRも検討する価値がありそうだ。

最後のポイントは、健康的な人が移動する権利を守る仕組みの検討が急務であることだ。SNSでは、日本政府の新型コロナ対応について疑問を示す投稿が少なくない。日本国民はマスク着用率や清潔への意識が高いが、無症状者がいるという不安はぬぐえない。

以前の記事でも紹介したことがあるが、中国には「健康QRコード」があり、中国の経済活動再開に大きく貢献しているようだ。自分の健康状況を毎日記入すると、位置情報による感染者接触状況が分析される。緑のQRコードの場合は、感染リスクが低いと判定される。

また中国では公共交通機関の利用時や、レストランに入る前、出社する際には、このコードの提示が必須で、感染予防上安心できる人々だけが移動し、活動できるような仕組みになっている。韓国でも似たような取り組みが行われ、スマホ上に感染者が行った場所の情報が届けられている。また、アメリカでも、MITの研究チームがプライバシーを守るブルートゥース経由の追跡システムを研究しているようだ。

◆中国では健康QRコードが普及する

日本にも「COCOA(ココア)」アプリがあるが、残念ながら、いまのところ利用人数が少ないのでそこまで機能していない。また、こうしたアプリに対し、個人情報やプライバシーに関する課題も日本でよく指摘されている。有効なワクチンが出るまでは、経済の停滞防止と罹患(りかん)していない大勢の人々を守るツールとして、安心して経済活動を行えるように再検討する必要もあるだろう。

中国の場合、感染が収束したわけではないが、健康QRコードが全国で普及したこともあり、観光業界も徐々に回復しつつある。新華ネットの情報によると、中国のGW(5月1~4日)期間中、中国国内の旅行者数は1億人を超え、432.3億元(6614億円)の観光収入があったようだ。この数字は、2019年の半分以下だが、観光業界が徐々に回復していることがわかる。

日本でも、個人情報を守ることを前提にした国内の感染情報の収集・発信システムや、他国の健康QRコード、GPS追跡システムの活用も考えられる。コロナとは異なるウイルス感染症がまた出てくるかもしれないし、感染を抑えながら、健康な人々の日常行動あるいは経済活動を促進する仕組み作りが必要となってくるだろう。

◆感染対策を徹底し、観光業復興へ

外国人の入国制限緩和の一環だと思われるが、8月5日以降、在留資格を持つ外国人の日本再入国が許可される条件が、飛行機出発の72時間以内のPCR検査陰性結果が必要であるとされた。

なお、日本国籍の場合は不要だ。在留資格を持つ外国人は観光客ではないかもしれないが、こうした「外国人だからウイルスがある」といった、根拠のない外国人への恐怖を見直すことも大切だ。 もしも同じ飛行機に乗るとしたら、機内感染の可能性は国籍に関係ないはずだ。

これから来年予定されている、オリンピック・パラリンピックをはじめ、経済再開は大きな課題となっている。入国から国内各地まで、観光客・従業員の安全、そして健康な人々の観光を守ったうえでの、観光業復興に向けた取り組みに期待したい。

出典:東洋経済

https://toyokeizai.net/articles/-/370018