ここが変だよ!東京の地下鉄路線図デザイン
「都営地下鉄の三田駅に行きたいのですが、この電車で直接行けますか? 路線図を何度見直しても、いまどこを走っているのかわからないんです」
台湾から格安航空(LCC)で成田へと飛んできたOLの陳さんは、都心に向かう空港アクセス特急の車内で筆者にそう尋ねてきた。彼女は「東京メトロ&都営地下鉄の路線図」を見ながら、いま電車がどこをどう走っているのかわからず、悩んでいた。しかし、電車が走っているのは千葉ニュータウン中央駅付近。当然ながらその路線図には記載がない。
あらためて車内を見回してみると、乗客のほとんどは台湾や韓国からLCCで飛んで来た訪日客たち。一様にスマホや地図、そして車内の行き先案内モニターを何度も見ては「どうしたらいいのか?」といった不安そうな表情を浮かべている。
不可解さの元凶は路線図にあり?
成田から都心に向かう訪日客たちが「この電車でどこまで行けばいいのか?」と悩む原因はどこにあるのかと考えてみた。韓国や台湾には地下鉄も郊外電車も走っているのに、私自身悩んだ経験はない。なぜなのだろう。
答えのカギは、陳さんが目を皿のようにして見ていた「地下鉄路線図」にありそうだ。東京へ向かう多くの訪日客は、あの路線図を手に入れてどこに行こうかと「予習」する。しかし、せっかく事前学習してきたのに、自分がいまいるところがわからないのはどういうことなのか。
東京の地下鉄路線図には、都心の路線や駅が漏れなく掲載されている。ところが、郊外を走る私鉄など他社線については記載が簡略化されている。成田空港から都営浅草線に向かって、ピンク色の線が延びているものの、陳さんのような訪日客が「いまこの辺りを走っている」と想像するのはたやすいことではない。「スマホでチェックしたら現在地がわかるんじゃないか?」という声が聞こえてきそうだが、自分の現在地を車内に掲示される案内や路線図と照らし合わせる作業は意外と難しい。
世界でも最大級の「ネタ画像投稿サイト」といわれる9gag.comに、「世界中の最もややこしい地下鉄路線図15選」というタイトルの記事が掲載された。タイトルには「東京はつらい、でも最悪ではない」と記されている。これによると、「最悪」はニューヨーク、2位がパリ、そして3位が東京という順で記載されている。この順位は、「路線上における乗り換えのパターンの多い順」で決められているようだ。
これら上位3つの地図を比べてみると、あることに気がつく。東京だけ「他社線との相互乗り入れ」が活発に行われており、その結果「実際に地下鉄の電車が走っているが、ルートマップには記載されていない」というおかしな状況が生じているわけだ。
ちなみに、日本の主要大都市で古くから行われている相互乗り入れだが、これは世界的に見て特殊な運行方法といえる。筆者が調べたところでは、ソウルなど韓国の都市で地下鉄と国鉄での相互乗り入れがあるくらいで、それ以外に具体的な例がほぼ見つからない。
この記事を執筆するに当たり、東京およびその近郊を走るすべての鉄道が記載されている路線図はないかとあらためて探してみた。その結果、「スイカ(Suica)とパスモ(PASMO)が使える全路線」という、駅頭や車内でお目にかかることのないルートマップが見つかった。これには英語版もあり、外国人にも参考になる。しかし、その細かさはもはや芸術的といえる類いのものだ。訪日を控えた外国人がこのPDFファイルをダウンロードした途端、あまりの路線の細かさから「旅行先を変えたほうがいいかも……」と頭を抱えるかもしれない。
日頃、通勤で使っている人には気にならないかもしれないが、地方から上京した人や訪日客に対しては「優しい対応」とは言い難い。しかも相互乗り入れを推し進めた結果、運行路線が長くて複雑となり、限られたスペースに小さな字でいろいろな情報を詰め込まざるをえなくなっている。
路線図のフォーマットが統一されていない
成田空港を出入りする空港アクセス特急が乗り入れる都営浅草線には、異なる4社の車両が入れ替わり立ち替わりやってくる。都営地下鉄、京成電鉄、京浜急行、および北総鉄道の車両だ。問題なのは、これらの車両に掲げてある路線図が所有会社ごとに異なるフォーマットのものだということだ。
浅草線に限らず、都内を走る地下鉄計13路線のうち10もの路線で相互乗り入れが行われており、それぞれ関係各社の車両がランダムにホームへとやってくる。その結果、東京での地下鉄路線図は、いろいろなデザインやフォーマットのものが混然と使われているわけだ。
日本ではJRや地下鉄、私鉄などさまざまな鉄道会社により、いろいろなフォーマットの路線図が生み出されている。ところが、ニューヨークやパリをはじめ、世界の主要都市で使われている路線図は基本的に1つのフォーマット(デザイン)のものを使っている。つまり車内、駅貼り、そして配布用の路線図すべてが同じ顔をしている。言い換えると、地下鉄の路線図といえば、駅員にとっても市民にとってもこの1パターンしか存在しないわけだ。
これは、慣れない旅行者にとってもとても大事なことで、一度読み方を覚えればどこのどんなタイミングで路線図を読んでも、必ず同じ形のものから情報を得ることができる。残念なことに、東京ではこの方法が通用しない。たとえば、私鉄各線からの乗り入れ車両には、訪日客の間にも広く流布されている「東京地下鉄ルートマップ」が積極的に貼り出されている状況にはない。
統一フォーマットにこだわっている路線図といえば、ロンドン地下鉄が筆頭に挙げられる。1931年にハリー・ベックという社内デザイナーが「しゃれ」で作ったのが発祥とされるこの路線図は、その後改良が何度か加えられたものの、路線の引き方や乗換駅の表現方法は発明から90年近くを経たいまでも基本的にベックのアイデアが反映されている。他国の地下鉄路線図にも、ベックが生み出した地理的正確性よりも位相幾何学(トポロジー)に基づくスタイルの影響が見られるものが数多い。
また、路線図と駅の看板で使われるフォントの種類がすべて統一されていることもロンドンの大きな特徴といえよう。ベックの路線図フォーマットは、乗用車「Mini」、赤い電話ボックス、超音速旅客機「コンコルド」などとともに「英国発祥の優れたデザイン」として高い評価を受けているほか、これをモチーフとしたさまざまなロンドン土産が開発されている。
「駅ナンバリング」もガラパゴス
日本語の地名をローマ字にするととても長くなり、外国人にとって読むのがつらい。そこで考え出されたのが各駅に「英文字+番号」を付す駅ナンバリングだ。現在「東京五輪に向けた訪日客への対策」という旗印の下、主要都市だけでなく地方を走る私鉄線でもこの取り組みが進んでいる。
ところが残念なことに、駅ナンバリングの手法は日本や韓国をはじめとするアジア諸国で非常に活発に行われている一方、欧米ではまるで普及していない。電車を乗りこなすための理解の手段として長いローマ字駅名の代わりに駅ナンバリングという記号的な情報を提供する意気込みは評価できる。しかし、多くの外国人にとって不慣れな情報伝達方式を使って、日本の電車を乗りこなすのはかなり難しいことだろう。しかもスマホのマップアプリで駅ナンバリングのデータを検索しても、地図を表示しないどころか、その駅がどこかさえもよくわからない。つまり、駅ナンバリングは「日本鉄道界における新たなガラパゴス化現象」となってしまいかけている。
しかも、日本では駅ナンバリングが積極的に路線図への掲載が進んでいる。ただでさえ細かい文字が並んでいる情報なのに、さらに見にくい状況が増長されている欠点も浮かび上がっている。
東京五輪に備え、訪日客への案内強化がいろいろなところで進められている。新たな取り組みが進むことは評価できても、今回述べたような電車の路線図のように、古くからの習慣で使われてきたものへの配慮は明らかに見過ごされている。
出典:東京経済オンライン