観光学者「日本のインバウンドは早くも年内には戻り始める」
新型コロナウイルスの影響で観光業界が打撃を受けている。日本人の旅行先として人気のハワイでは、4月の空路での旅客到者数が連日前年比98~99%減となった。セントラルフロリダ大学で観光研究を行う原忠之准教授は、「そんな悲惨な状況でも、アメリカでは民間企業が立ち上がり、観光復興に向けて実効性のある計画を練った。政府や自治体の決定を待つばかりで不満を募らせる日本とは違う」という――。
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◆ハワイでは全米で最多比率の59.2%が収入減
外国人旅行者が完全に消えた。4月の訪日外国人数は昨年同月の292万7000人からマイナス99.9%の2900人(日本政府観光局推計値)と、1964年の統計開始以来最低の数字になった。新型コロナウイルスの流行により世界中で人の動きが制限され、観光収入世界一のアメリカでも、観光産業が過去最大の危機を迎えている。
4月のアメリカ非農業部門雇用者統計によると、全米の失業率は14.7%に急上昇。雇用者数は前月から2050万人減となり、観光レジャー産業では47%にあたる770万人が職を失った。日本人にもなじみのハワイ州では4月、空路での旅客到者数は連日前年比98~99%減で月間ではわずか3565人となった。
アメリカ合衆国国勢調査局が4月末から実施した調査結果では、回答したハワイ州の事業者のうち58%が営業時間を短縮し、37.3%が従業員を削減。5月5日~12日に行った調査では労働者の59.2%が収入減になったと答え、この比率は全米50州で最も高かった。ハワイ州ビジネス経済開発観光局は2020年の観光客数は前年比67.5%減の340万人になり、2019年の水準に戻るのは2025年になると予測する。
◆「6月末までの不要不急の外出自粛」で一変した風景
「Aloha! 今のワイキキビーチです。いつもは賑わうビーチには、これしか人がいません」。ホノルル在住の日本人Imakenさんはロックダウン中の4月1日、ハワイ各所の現状を映像で伝えるため、YouTubeに「Imaken Hawaii」チャンネルを開設した。ホテルやショッピングモール、ビーチやメイン・ストリートなどを訪ねては撮影した動画を毎日1本以上、2カ月間投稿し続けている。
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ハワイの中心地、オアフ島のワイキキ周辺ではカラカウア通り、ロイヤル・ハワイアン・センター、DFSやアラモアナセンターなどImakenさんが撮影した映像には、かつてとは違う非日常的なホノルルの街が収められている。日本人観光客にも人気の名所が、わずかな地元人以外人通りがなく閑散とし、観光客でごった返していた風景からは一変した。
現地では3月下旬から4月末までロックダウンが実施され、州内の新規感染者数が0人の日も続くようになった。現在は、経済活動を段階的に再開しながら6月末まで不要不急の外出自粛を市民に求めている。外出時にはマスクの着用が義務づけられ、アメリカ本土など州外から到着した来訪者は引き続き14日間の自主隔離が必要とされている。それに違反した観光客が5000ドル(約54万円)の罰金を科せられる例もあるようだ。
◆ロックダウン後は人員削減を行い耐え忍ぶ
5月には百貨店のニーマン・マーカス、衣料品のJ.クルーなどのアメリカ企業が経営破綻した。ワイキキ周辺でもそれらの店を含めショッピング・センター内の店舗や繁華街の路面店はほとんどが臨時休業、飲食店はテイクアウトに限り営業が許可されている。観光客向けのホテルでは入り口に見慣れない鉄柵ゲートが設けられ、ドアの前では警備員が立ち、数少ない宿泊者だけを通し、それ以外の訪問者は入場を断っていた。
観光収入が州経済の約2割を支えるハワイには2019年、アメリカ本土に次ぐ155万9000人が日本から訪れた。アクティビティ・ツアーやブライダルなど日本人客向けにサービスを提供する現地および日本資本のビジネスも多いが、ロックダウン以降はスタッフを日本に帰休させたり、一部営業している旅行会社も営業時間短縮やレイオフによる人員削減などを講じたりして、耐え忍んでいるようだ。
◆「再びにぎわう風景の方に違和感を覚えてしまうのでは」
5月20日からの全米で経済活動が再開されたのに伴い、H&Mやアップルストアなどチェーン店は入場時の検温や人数制限を実施しながら営業している。一方、アラモアナセンターやワイキキ・ビーチ・ウォークなどはすぐには再開されず、エスカレーターは停止し、観光客目当てのブランド店は多くの店も閉まったままである。観光依存の島の現状はいまだ再開と呼ぶには程遠い現状だ。
「ロックダウンの間も海でのサーフィンは禁止されなかったので、それまでと同じように夕方2~3時間は波乗りしながら、今のハワイの姿を発信するために街中を撮影する活動をしていました。大型ショッピング・センターやワイキキ・トロリーなど観光客でにぎわっていた中心街から、どこもかしこも人がいなくなった現実を目の当たりにすると、この先いつか観光客が戻ってきた時に、再びにぎわう風景の方に非現実的な違和感を覚えてしまうのでは? と思ってしまうほど、ハワイの日常は一変しました」(Imakenさん)
5月16日からはビーチでの滞在が解禁され、人の賑わいが少しずつ戻ってきた。飲食店は6月5日からはソーシャル・ディスタンスの実施を条件に店内営業が解禁される。一部店舗が営業再開したロイヤル・ハワイアン・センターは、館内衛生や従業員健康チェックなどの対策を訪問客に説明する英日2カ国語掲示板を設置し、Imakenさんは、「これは素晴らしいです」とレポートした。このように少しずつ平常化に向かうハワイを、渡航が解禁されてアメリカ本土や日本からの観光客が再び戻るまで、映像で伝え続けていきたいという。
◆マスク着用の義務化で発砲事件も
新型コロナウイルスの感染者数が170万人、死者数も10万人を超え、共に世界最多の感染例に苦しむ中も、アメリカでは5月20日から50の州すべてで経済活動が再開された。多くの商業施設やレストランではマスクを着用しない客に入店を断る店員と、「憲法の自由に反する」「マスクの強要は共産主義だ」などと抵抗する市民の衝突が各地で相次ぎ、発砲により店員や警備員が死傷する事件も起こっている。
アメリカで最も多くの観光客を集める都市はどこかご存じだろうか? ニューヨークでもラスベガスでもなく、「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」「ユニバーサル・スタジオ」「レゴランド」など大小60のテーマパークが集まる、フロリダ州のオーランドだ。この街で主力の観光ビジネスでも、4月15日までの3週間に73%の従業員が解雇、4月中旬のホテル稼働率は13%(昨年同期は84%)となった。
◆1000名以上のインターンほぼ全員が失職
セントラルフロリダ大学ローゼン・ホスピタリティ経営学部で観光ホスピタリティ・ビジネスの研究と教育に携わる原忠之准教授に、詳しい状況を聞いた。
「年間7500万人と全米最高数の来訪客が訪れる当地の人口は140万人で、ホテル客室数は9万室以上あるのですが、年間客数5800万人の「ウォルト・ディズニー・ワールド」と同1100万人の「ユニバーサル・スタジオ」など、集客力のあるテーマパークが閉鎖した影響は甚大でした。
観光関連産業の雇用者比率が高いオーランドでは、必須科目であるインターンシップを履修している当学部の学生は毎期1000名以上いますが、3月のテーマパーク閉鎖により、スーパーマーケット勤務の学生など一部を除くほぼ全員が突如、仕事がない状態になりました。失業は全員平等に訪れる訳ではなく、正社員より時給労働者、男性より女性、米国人より外国人の失業率が高く、それらに相関して最終学歴も失業率と関係ある事が見えてきます。
当地では、夫婦で観光関連に従事していたためそろって仕事を失った家族の話も新聞に出ていました。奥さんがホテルのハウスキーパー、ご主人が観光客向けウーバー運転手で、どちらも時給職だと、即失業です。
◆オーランドでは民間主導の協議が重ねられていた
オーランド(行政区域はオレンジ郡)では民間企業代表者50名程度で『COVID‐19(新型コロナウイルス感染症)後経済再開検討委員会』が立ち上がり、オンラインで協議を重ねてきました。これにはホテル、レストラン、運輸業、テーマパーク、ショッピングモール、空港など観光関連産業が加盟しており、その中には、大企業から街の理髪店・ヘアサロンといったスモールビジネスのオーナーも入っています。協議の全てに地元政府がオブザーバーとして参加しています。
慎重かつ段階的に、しかし早期に再開すると言う方針のもと、2カ月程かけて作ったこのタスクフォースの提案を首長が承認し、域内全体で営業再開に至りました。そのようなプロセスが当事者である民間事業者たちに可視化されているため、被害甚大な米国においても一般の住民が比較的我慢できたという背景があります。日本のように政府や自治体の決定待ちで不満を募らせるのではなく、民間が自主的に実効性のある計画を作り、それを政府に承認させて時期が来たら実行に移す、というのがアメリカ流です」(原氏)
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◆事前予約や検温…感染対策を万全にしてテーマパークも再開へ
「ユニバーサル・スタジオ・フロリダ」では、5月14日から先行して商業エリア「シティ・ウォーク」がオープンした。行列や支払いの際の距離確保のためのレイアウト変更など準備を終え、6月5日にテーマパーク含む全施設営業を再開する。入場者数を制限、2歳以下の子どもを除く来場者全員にマスク着用を義務づけ、営業時間の短縮やスマートフォンを利用した行列待ちなど、細かく定めたルールを徹底する。
ウォルト・ディズニーは上海に続き、全米では最初となる「フロリダ ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」を7月11日から営業再開する計画を提出した。今後は新たなにすべて事前予約が必要となり、検温やキャッシュレス決済などの対策が導入される。
5月20日に先行オープンした商業施設エリア「ディズニー・スプリングス・フロリダ」ではマスク、手洗い、2メートルの間隔など注意を促す注意書きと消毒液が至る所に設置され、スタッフとゲストのマスク着用率も以前のアメリカでは考えられないほど高かったようだ。
地元テーマパークの一つ、個人所有のワニ園「ゲーターランド」も5月23日に営業再開。オーナーは32ページに及ぶ再開オペレーション資料を制作し、オレンジ郡政府から許可を得た。来場者に無料のマスクを配布するのに加え、体温チェック、消毒液使用、ソーシャル・ディスタンスなどを求める。園内でルールを守らない客に「スカンク・エイプ(地元の類人猿型動物)」の着ぐるみキャラクターが体当たりして回るという動画がYouTubeで数万回再生され、マナーの周知に一役買っている。
◆気の早いアメリカの旅行会社は、秋の日本ツアーをすでに販売中
一方、アメリカでは一般市民のほうも驚くべきことに、連日全土で1000人を超える死者数を出す中も、バカンスの計画に動き始めている。クルーズ船ツアーを提供するカーニバルクルーズラインが8月出発のツアー予約を開始したところ、前年同期比で200%増の申し込みが殺到しているという。あるオンライン旅行会社では、9月出発のアメリカ発日本ツアーを販売中だ。13日間で2000ドルから(もちろん往復航空代込みだ)の商品を「破格値!」「キャンセル無料」とうたって受け付けている。
「アメリカの観光事業者は、(1)可視化されたCOVID‐19対応新オペレーションを構築し、(2)顧客全員に衛生対策を行う安心感を与え、(3)キャンセル無料の条件で、(4)コアファン向けにニュースレターやSNSでそれら対策状況を定期的に通知、(5)ファン・リピーター需要を掘り起こして運営再開します。クルーズ船ツアー会社もユニバーサル・スタジオもウォルト・ディズニー・ワールドも、みなコアファン層と直接のコミュニケーションを取って、エンゲージメントを維持する顧客マーケティング戦略があるから、ちょっといいお知らせをすると熱烈に反応してくれるゲストからの需要復興が結構早い。
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セントラルフロリダ大学 ローゼン・ホスピタリティ経営学部 原忠之准教授(写真提供=原忠之准教授)
消費者側を見ても、自粛・自宅待機の間に止まっていた需要が、一部産業セクターの需要を押し上げます。私の所にも欧州系航空会社の運行再開のニュースを見たアメリカやヨーロッパの知人から『2~3カ月後に日本行きたいのだけど教えて』という照会がここ数日で3人から来ました」(同氏)
◆コロナによる死者が少ないのに日本は悲観的
「いまだに感染収束が見えないCOVID‐19で劣勢なアメリカでのこのような観光再開の動きをフェイスブックに投稿すると、日本人の知人からは『正気の沙汰か?』とばかりのコメントをいただきます。マッキンゼーが調査した「新型コロナウイルス後の各国経済復興楽観度」チャートでは、右軸が今後の支出増減意向、縦軸が楽観度ですが、アメリカは左上で支出を減らすけど楽観的、中国は右上で楽観的でお金も使う、つまりイケイケ(笑)。
一方、日本はここにプロットされている30カ国中、楽観度は断トツの最低でアメリカや中国の1/10くらい。感染による死者がよっぽど少ないのになぜ日本はこれほどまでに悲観的過ぎるのだ? とアメリカでは思われており、そういった日本人の心理により観光復活へ向けた関係者の動きが遅れないかを心配しています」(同氏)
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◆「18カ月先」と言っていると、世界の観光客争奪戦に遅れる
インバウンド情報サイト「訪日ラボ」を運営する株式会社movが5月中旬に実施した「緊急事態宣言解除と新型コロナ意識調査」によると、「外国人観光客(インバウンド)」の客足回復時期について、2021年7月の「オリンピック開催までには」(36.6%)と「それ以上後」(16.8%)と合わせて、回答者の半数以上が来年夏以降と考えている。
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星野リゾートの星野佳路代表は、出演したオンライン討論番組で、地元周辺を商圏とした「マイクロ・ツーリズム」から段階的に取り組む観光復興プランを述べ、それに続く日本人旅行者の先にインバウンドが戻るのは18カ月後という観測に、他の出演者たちも同調した。訪日外国人客の戻りが期待できるのは来年以降と、日本の観光関係者の多くが長期戦を覚悟している。
◆控えめ姿勢では観光客を他のアジア諸国に取られる可能性が…
今後、観光地や観光事業者は、変容する世界の旅行者の変化を認識して、必要とされる動きをとることが必要だ。原氏は、来たる観光ニュー・ノーマル(新常識)時代に日本と世界のスタンダードが乖離するのではないかと強く危惧している。アメリカから見える、今後の世界と日本の国際観光についての考えを聞いた。
「オーランドでも、(1)近隣住民→(2)150マイル(240キロ)圏内の自家用車利用客→(3)全米他州国内客→(4)海外からのインバウンド客、という順で観光復興を想定して再開案を作っています。しかし最近、日本の観光関係者からよく耳にする(1)地元優先→(2)次に日本人→(3)その後最後に外国人が戻るまで18カ月、というインバウンド復興時期の観測は、相当間違っていると思います。
日本人によくある『復興時期は感染状態が予想不可なのでわからない』という見方も賛成できません。観光需要がCOVID‐19前の水準に戻るのが平均18カ月後だとしても、現在の底状態からそこまで戻る際に、セグメントに分ければより早く戻る層が確実に存在します。
当地の『経済再開検討委員会』でも取りまとめ役としてリーダーシップを取る米国型のDMO(Destination Marketing Organization。日本では登録DMO=観光地域づくり法人と呼ばれる)のビジネスモデルは、「観光需要が先に戻るセグメントは旅行リスク許容性が高いミレニアル世代とZ世代」などと消費者データなどを裏付けとして取ることで失敗の可能性を最小化し、観光復興需要を自らコントロールして取りに行きます。
観光客が復興需要で戻るタイミングの平均が18カ月だとしても、日本は18カ月も取り込みを控えていたら、観光客の大多数を他のアジア諸国に取られます。キチンと戦略策定し、英語で発信する事は必須です」(同氏)
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イノベーター理論において新商品やサービスを進んで受け入れる「イノベーター」や「アーリー・アダプター」といった層と、インバウンド旅行者のうち日本コアファンや旅行再開積極派の消費者行動は類似し、さらには今後、旅行先として選ばれる重要な要素を日本は有するため、世界の観光需要の中でも先行需要を取りにいけると原氏は考える。
◆コロナ後の日本には絶好の集客チャンスがある
「COVID‐19拡大以前よりも、旅行先選択においてSafety(安全), Security(安心), Cleanliness(清潔)といった要素を重視するという現在の消費者心理データが出てきています。それならば、世界の旅行者の間で伝統的にその卓越性があるというイメージを勝手に持たれている日本にとっては、20~30年に一度のDestination Marketing(観光地マーケティング)好機だということになります。しかし、それが過剰に悲観的な日本人には見えていない。DMOやインバウンド事業関係者は、これを自分で補正しないと世界の観光復興需要取り込みに遅延する可能性があり、致命的なバイアスになります。
国内観光は日本国内での富の移転であり、主に都市部の金が地方に動くだけで日本全体の富は増えず、経済効果としては日本の国際収支がプラスにはなりません。しかし、インバウンド消費は外貨を獲得する輸出産業で、地方にも中央政府にも国富増大の恩恵が行く。昨年4兆8135億円まで来たインバウンド消費は、人口増で自然と恩恵に与あずかれるアジアの可処分所得増地域だけでなく、欧米成熟市場でまだ取れていない分の伸び代と、今後可処分所得が増加する新興国も狙えます。
一時的に外国人旅行者が消えた現在の状況に『インバウンドなんかアテにするから、ほら見たことか』という類いの論調があります。それに反論する人をあまり見かけないのは残念です。日本の観光関係者には正しく頑張ってほしいと思います」(同氏)
出典:President Online